お知らせ

舌小帯短縮症の歴史から失敗する原因を読み解く!

「舌小帯は、ちょっと切ればいい」――だから軽く考えられてきた

舌小帯短縮症については、昔から、

「舌の裏側にある筋を、ちょっと切ればいいのでしょう?」

という考え方が主流でした。

産婆や産婦人科医が新生児の薄い舌小帯を小さく切っていた時代から、現在の小児科によるハサミでの切開、歯科によるレーザー切開まで、この「少し切れば治る」という考え方が受け継がれてきました。

そのため、舌小帯短縮症は長い間、簡単な小手術で治る軽い病気だと思われてきました。

しかし、実際にはそれほど単純ではありません。

舌小帯のすぐ近くには、唾液腺管、血管、神経、オトガイ舌筋などがあります。舌そのものも、複数の筋肉が微妙なバランスを取りながら、吸う、飲み込む、食べる、話すという複雑な運動を行っています。

生まれた直後の薄い膜状の舌小帯と、成長して厚く硬くなった舌小帯も同じではありません。また、粘膜だけを小さく切る処置と、切離・伸展後に縫合する口腔外科の形成術、筋層まで扱う舌癒着症手術は、まったく異なる治療です。

切開直後に舌が上がったように見えても、それだけで舌の機能が治ったとはいえません。縫合しない創面は、舌を元の低い位置へ戻すと接近し、治癒の過程で再癒着する可能性があります。

また、長年低い位置で使われてきた舌は、舌小帯を切っただけで正しい動きを覚えるわけではありません。術前・術後の機能訓練と長期的な経過観察が必要です。

約50年間、日本では「ちょっと切ればよい」という言葉によって、舌小帯短縮症も、その手術も軽く考えられてきました。

その結果、

  • 何のために切るのか
  • どこまで切るのか
  • 傷を縫合するのか
  • 筋肉まで切るのか
  • 再癒着をどう防ぐのか
  • 術後にどのような訓練を行うのか
  • 数年後も舌の機能が維持されるのか

という、最も重要な問題が十分に議論されてきませんでした。

この「舌小帯はちょっと切ればいい」という考え方が、産婆、産婦人科、小児科、耳鼻咽喉科、口腔外科、そして現在の歯科レーザーへ、どのように受け継がれてきたのか。

それを約50年間の歴史に沿って検証します。

1.産婆が新生児の舌小帯を切っていた時代

昭和の中頃まで、自宅出産や助産所での出産は珍しくありませんでした。

赤ちゃんが母乳をうまく飲めないと、産婆が口の中を見て、舌小帯が短ければハサミなどで少し切ることがありました。

生まれた直後の舌小帯は、年長児や成人と比べて薄い膜状です。そのため、「少し切るだけでよい」と考えられたのでしょう。

しかし当時は、

  • どの程度の短縮を対象にしたのか
  • 本当に舌小帯が哺乳障害の原因だったのか
  • 切らなかった赤ちゃんと比べてどうだったのか
  • 再癒着や瘢痕が起こらなかったのか
  • 長期的に舌の機能が改善したのか

という客観的な検証は、ほとんどありませんでした。

「切ったら母乳を飲めるようになった」という産婆や母親の経験によって受け継がれていた処置でした。


2.O助産師と母乳育児

母乳育児の分野では、O助産師が確立した乳房管理法が大きな影響を与えました。

母乳をうまく飲めない原因を母親の乳房だけの問題とせず、赤ちゃんの乳首のくわえ方、吸う力、舌の動き、舌小帯にも注目しました。

その流れの中で、一部の助産師や産婦人科医は、

  • 乳首を深くくわえられない
  • 吸う力が弱い
  • 授乳に時間がかかる
  • 母親の乳首が傷つく
  • 体重が十分に増えない

といった問題が、舌小帯切開によって改善すると考えました。

しかし、改善の判定は母親や助産師の印象に頼る部分が大きく、哺乳量、体重増加、母乳継続期間などを客観的に比較したものではありませんでした。


3.産婦人科医による新生児の切開

産婆による処置が医療機関に移ると、一部の産婦人科医も新生児の舌小帯切開を行うようになりました。

出産直後は産婦人科が赤ちゃんを管理しています。その場で哺乳障害が見つかれば、舌小帯を少し切るという流れは自然だったのでしょう。

N産婦人科医も、当時の舌小帯短縮症について論じた医師の一人です。

一方、切開後の出血などが問題になり、関西で重大な事故があったという話も伝わっています。ただし、この事故については公的記録や原著論文を確認できていないため、事実として断定することはできません。

安全性への懸念に加え、小児科側からは、

母乳を飲めない原因は舌小帯だけではない

という反論が強くなっていきました。


4.I小児科医の前期

――昔からの切開を支持し続けた時代――

I小児科医は、歯科医ではなく小児科医・小児外科医です。

その活動は、前期と後期に分けて考えると理解しやすくなります。

前期のI小児科医は、産婆や産婦人科医によって以前から行われていた新生児・乳児の舌小帯切開を、小児科医の立場から支持しました。

I小児科医は、

哺乳障害を起こす舌小帯短縮症が存在し、適切な症例では早い時期に切開する必要がある

という考えを長年変えませんでした。

ところが1980年頃から、小児科では舌小帯切開に慎重な考えが強くなります。

1985年、日本小児科学会新生児委員会は「正当な母乳栄養の推進についての要望」の中で、一部で行われていた不必要な舌小帯切断は有害であるという趣旨を示しました。

ここは「日本小児科学会が舌小帯手術を全面的に禁止した」と書くより、

不必要な切開に反対し、小児科全体が手術に極めて慎重な方向へ移った

と表現する方が正確です。

I小児科医は考えを変えませんでしたが、小児科学会の主流から見ると、長い間、少数派になりました。


5.N小児科医の慎重論

N小児科医は、日本の新生児医療を代表する医師でした。

N小児科医の基本的な考え方は、哺乳障害には多くの原因があり、舌小帯だけを見て切開してはいけないというものです。

赤ちゃんの哺乳には、

  • 在胎週数や出生体重
  • 吸啜・嚥下・呼吸の協調
  • 神経や筋肉の発達
  • 母親の乳房や乳頭の形
  • 母乳分泌量
  • 授乳姿勢
  • 鼻呼吸や全身状態

などが関係します。

したがって、「母乳を飲みにくい=舌小帯が原因」とは限りません。

I小児科医とN小児科医の違いは、単純な「手術賛成派と反対派」というだけではありません。

哺乳障害の原因をどう診断し、切開による改善をどのように証明するのか

という医学的評価方法の違いでもありました。


6.昭和42年、口腔外科では形成術が保険診療に

小児科で「切る・切らない」という議論が続く一方、歯科口腔外科には別の治療の歴史がありました。

昭和42年(1967年)には、歯科診療報酬に「頬唇舌小帯整形手術」が収載されていました。当時の告示資料では38点とされています。

現在は「頬、口唇、舌小帯形成術」と呼ばれ、形成手術、切離移動術、小帯を切除して行う開窓術などが対象です。令和8年度は630点です。

これは、新生児の舌小帯を少し切って終わる処置とは違います。

口腔外科の一般的な舌小帯形成術では、短縮した舌小帯を切離し、菱形に開いた創を縦方向に縫合して、舌の動ける長さを確保します。V–Y形成術やZ形成術が行われることもあります。日本歯科医師会の説明

当時、幼児の形成術は大学病院などの口腔外科で行われ、確実に体動を抑えて安全に切離・縫合するため、全身麻酔が選択されることもありました。

ただし、「当時の口腔外科手術はすべて全身麻酔だった」とまでは断定できません。年齢、協力度、施設、手術範囲によって局所麻酔も選択されたと考えられます。

小児科の外来で行う小切開と、口腔外科の切離・伸展・縫合を伴う形成術は、分けて考える必要があります。


7.M耳鼻咽喉科医が提唱した「舌癒着症」

1980年代後半から1990年代にかけて、議論は母乳だけでなく、呼吸や乳幼児突然死症候群(SIDS)にまで広がりました。

M耳鼻咽喉科医らは、1990年に「先天性舌癒着・喉頭蓋・喉頭偏位症」という病態を報告しました。

これは一般的な舌小帯短縮症よりも広い独自の概念です。

M耳鼻咽喉科医は、舌小帯が短いだけでなく、舌、舌骨、喉頭蓋、喉頭が前上方へ偏位し、それによって上気道が狭くなり、呼吸障害や低酸素血症が起こると考えました。

ここで行われた手術は、新生児の舌小帯を「ちょっと切る」処置ではありません。

日本小児科学会の2001年報告は、M式手術を、

舌低部を切開し、頤舌筋(オトガイ舌筋)を切断する手術

と説明しています。

M式の術式資料には、オトガイ舌筋前方のおよそ3分の1を切開・切離するとの説明もあります。しかし、「3分の1」という具体的範囲については、最終掲載前に原著の術式図と照合する必要があります。

オトガイ舌筋は、舌を前方へ動かし、気道の維持にも関係する重要な筋肉です。その一部を切る根拠や長期的影響については、慎重な検証が必要です。


8.上唇側の口腔前庭拡大術

M式では、舌癒着症手術に加えて、鼻呼吸をしやすくする目的で上唇側の手術を組み合わせることがありました。

上唇小帯と鼻の下にある周囲組織・筋組織を切離して口腔前庭を拡大し、鼻孔を広げて呼吸をしやすくするという考え方です。

つまりM式は、

  1. 舌下面を切開する
  2. オトガイ舌筋の前方部分まで切離する
  3. 必要に応じて上唇小帯と周囲組織を切離する
  4. 口腔前庭を拡大して鼻孔を広げる
  5. 舌・舌骨・喉頭蓋・喉頭の位置と呼吸を改善させる

という、独自の病態仮説に基づく複合手術でした。

ただし、鼻孔が術後に広がったように見えることと、鼻腔抵抗や呼吸機能が長期的に改善したことは同じではありません。

  • 鼻腔抵抗が客観的に減少したのか
  • 効果が成長後も続くのか
  • 上唇の動きや表情に影響しないのか
  • 舌側の手術だけの場合と差があるのか

を比較する必要があります。


9.1994年、ノルウェーのSIDS国際会議

1994年、ノルウェーのスタヴァンゲルで第3回SIDS国際会議が開催されました。

M耳鼻咽喉科医らは、

“Prevention of SIDS—correction of ankyloglossia with deviation of the epiglottis and larynx”

という題名でポスター発表を行いました。

日本小児科学会の2001年報告によると、発表は、

日本でSIDSの発生頻度が低いのは、SIDSのハイリスク群である先天性舌癒着・喉頭蓋・喉頭偏位症の乳児を手術して治しているからである

という趣旨でした。

この発表に、日本から参加したSIDS研究者が驚いたことも報告書に記載されています。

さらに国内では、一部の助産師などから母親に、

舌小帯を切らないと突然死する

という趣旨の説明がなされ、保護者の不安を強める事態になりました。

しかし、

手術後に呼吸状態が改善した症例がある

ことと、

手術によってSIDSを予防できる

ことは同じではありません。

SIDS予防効果を証明するには、診断基準を統一した手術群と非手術群を長期間比較し、睡眠姿勢、喫煙環境、出生体重、感染症、基礎疾患などの影響も調整する必要があります。

ノルウェーでの発表はポスター発表であり、SIDS予防効果を確立した大規模比較試験ではありません。日本小児科学会の記録


10.N小児科医らによる2001年のアンケート調査

ノルウェーでの発表や国内で広がった育児不安を受け、日本小児科学会は「舌小帯短縮症手術調査委員会」を設置しました。

N小児科医ら3人が調査を担当し、1999年8月から10月に質問票を郵送しました。その結果は2001年4月27日に公表されました。

調査対象

  • 日本小児科学会役員:24人
  • 日本小児科医会役員:69人
  • 小児科医合計:93人
  • 日本小児耳鼻咽喉科学会会員:100人

回答は、

  • 小児科医:87人、回答率93%
  • 小児耳鼻咽喉科医:74人、回答率74%

でした。

合計193人に質問票を送り、161人から回答を得た調査です。

回答率は高いものの、対象は学会・医会の役員と小児耳鼻咽喉科医です。全国の一般小児科医から無作為に抽出した調査ではありません。


11.調査で分かった手術の実態

過去1年間に舌小帯手術を行った小児耳鼻咽喉科医は、回答した74人中19人で、手術総数は67例でした。

ただし、症例の約半数は4人の医師に集中していました。

手術適応は複数回答で、

  • 発音など言葉の問題:13人
  • 哺乳力不良など授乳の問題:7人
  • 呼吸の問題:1人
  • 発達・行動の問題:1人

でした。

手術範囲は、

  • 舌小帯のみ:13人
  • 筋層まで:2人

でした。

当時の小児耳鼻咽喉科医の間でも、呼吸障害を理由とする手術や、筋層まで切る手術は一般的ではなかったことが分かります。


12.2001年報告の結論と限界

2001年報告は、母乳促進を目的とした新生児の小切開を、医学的根拠の乏しい習慣だったと厳しく評価しました。

また、舌癒着症が低酸素血症や突然死を引き起こし、手術によってSIDSを予防できるという考え方についても、医学的根拠と手術適応が確立していないと判断しました。

これにより、

  • 母乳促進を目的とした昔ながらの小切開
  • SIDS予防を目的とした舌癒着症手術

という異なる二つの治療が、同時に強く否定された形になりました。

ただし、この調査は医師の経験と手術状況を調べたアンケートです。哺乳障害児を手術群と非手術群に分けて比較した臨床試験ではありません。

したがって、この調査だけで、

哺乳障害を伴うすべての乳児に舌小帯切開は無効である

と証明したわけではありません。


13.I小児科医の後期

――海外の哺乳研究を根拠にした再評価――

後期になっても、I小児科医の基本的な考え方は変わりませんでした。

しかし、主張の根拠は変化しました。

前期は、産婆や産婦人科医の時代から続く臨床経験が中心でした。後期は、海外の無作為化比較試験や観察研究を集め、「哺乳障害を伴う舌小帯短縮症」に対象を限定して有効性を評価しました。

後期の問いは、

舌小帯が短ければ全員切るべきか

ではありません。

哺乳指導を行っても改善しない哺乳障害があり、その原因として舌小帯短縮症が疑われる乳児では、切開によって哺乳や母親の乳頭痛が改善するか

という、より具体的な問いでした。


14.I小児科医の2014年論文

2014年3月、I小児科医は日本小児科学会雑誌に、哺乳障害を伴う舌小帯短縮症児への舌小帯切開について総説を発表しました。

GRADEシステムを用い、

  • 無作為化比較試験:4件
  • 観察研究:12件

を検討しました。

主な評価項目は、

  • 哺乳・吸啜
  • 母親の乳頭痛
  • 哺乳量
  • 母乳継続
  • 体重
  • 有害事象
  • 母子のストレス

でした。

I小児科医は、哺乳障害を伴う舌小帯短縮症児への切開は有用であり、エビデンスの強さは「中等度」と結論しました。日本小児科学会誌の要旨

同じ2014年には、英語の総説も『Pediatrics International』に掲載されました。

2001年にはほぼ否定された舌小帯切開が、13年後には同じ日本小児科学会の学術誌で、海外研究をまとめた総説として掲載されたのです。

なお、これはI小児科医自身が343例を手術して比較した原著研究ではありません。海外の研究をまとめた系統的レビューです。「343例」の症例報告が別にある場合は、論文名と評価方法を特定して別に検討する必要があります。


15.2014年公開シンポジウムの「明暗」

2014年8月17日、日本小児保健協会の公開シンポジウム「舌小帯短縮症の考え方」が開催されました。

その基礎となった2013年の委員会報告では、

  • 新生児・乳児期の舌小帯短縮症と哺乳障害の統計的関連は示されていない
  • 舌小帯短縮症が哺乳障害の主原因とは考えにくい
  • 乳児期に手術を行う必要はない
  • 幼児期の構音障害も、まず訓練と経過観察を行う

という慎重な立場が示されました。小児科・小児歯科の委員会報告

一方、同じ2014年にI小児科医は、海外の比較研究を根拠に、哺乳障害を伴う症例への切開には中等度のエビデンスがあると発表しました。

つまり2014年には、

  • 公開シンポジウムでは手術慎重論
  • 学会誌では切開の有用性を示す総説

という、反対方向の見解が同時に示されたのです。

「2014年は明暗の分かれた年」という表現は学会の公式評価ではありません。しかし、歴史的に見ると、I小児科医が海外研究を根拠として約30年ぶりに反撃の足場を得た転換点だったと考えられます。


16.2014年の論文で証明されていないこと

海外研究によって、選ばれた症例では、切開後に母親の乳頭痛や短期的な授乳状態が改善する可能性が示されました。

しかし、次の問題は残っています。

  • 診断基準が研究ごとに違う
  • 軽症と重症が混在している
  • 母親の主観評価が多い
  • 切開方法や深さが統一されていない
  • 対照群も後から手術を受けるため長期比較が難しい
  • 哺乳量、体重、母乳継続への効果が一定しない
  • 再癒着や数年後の舌機能の評価が不足している

「哺乳障害への短期的効果がある」という結果から、

  • 発音が良くなる
  • 歯並びが良くなる
  • 口呼吸が治る
  • 睡眠時無呼吸が治る
  • 発達障害が改善する
  • SIDSを予防できる

とまで広げることはできません。


17.歯科で広がったレーザー・電気メス切開

2000年代以降、歯科用レーザーが普及すると、歯科医院で子どもの舌小帯を切る例が増えました。

レーザーには、

  • 出血が少ない
  • 処置時間が短い
  • 縫合しないで済むことがある
  • 「新しい治療」と説明しやすい

という特徴があります。

しかし、出血が少ないことと、舌の機能が改善することは別問題です。

レーザーや電気メスによる深い切開では、舌小帯の下にあるオトガイ舌筋や周辺組織への影響、熱による組織変性、瘢痕、再癒着を考えなければなりません。

舌を持ち上げて切ると、創は一時的に菱形に開きます。しかし舌を元の低い位置へ戻せば、創面は接近します。開放創のままでは、治癒の過程で再癒着する可能性があります。

それでも「レーザーでちょっと切るだけ」と説明されれば、保護者は簡単な処置だと思ってしまいます。

ここでも、昔から続く「ちょっと切ればいい」という考え方が、器具をハサミからレーザーに変えて受け継がれているのです。


18.私が約35年間の診療から学んだこと

私は約35年前から、大学同級生の口腔外科医と協力し、舌小帯形成術を試行錯誤しながら改良してきました。

その経験から分かったのは、手術をきれいに行うだけでは不十分であり、術前・術後のトレーニングが重要だということです。

舌は舌小帯一本で動いているのではありません。オトガイ舌筋、舌骨舌筋、茎突舌筋、口蓋舌筋など、多数の筋肉のバランスによって動いています。

舌小帯を切って物理的な制限を除いても、長年続いた低位舌や誤った舌の使い方が自動的に治るわけではありません。

手術後に舌を動かさなければ、再癒着、瘢痕の収縮、低位舌の残存、発音・嚥下機能の後戻りが起こる可能性があります。

つまり、

手術で動ける形を作り、訓練によって舌に正しい動きを覚えさせる

という二段階の治療が必要です。


19.約5年前から手術を急がない方法へ

その後、Google検索では大病院の小児科による哺乳障害への舌小帯切開が目立つようになりました。

しかし、短期的な哺乳改善が強調される一方、形成術、再癒着、瘢痕、舌筋機能、長期的なトレーニングの必要性は十分に伝わっていません。

そこで私は約5年前から、最初から手術を行うのではなく、舌トレーナーなどを用いて、舌を前方・上方へ動かし、舌小帯と舌の機能を改善する方法を推奨するようになりました。

実際に、舌小帯が伸びた子どもや、薄い部分が自然に裂開して舌の可動域が改善した子どもを経験しています。

ただし、家庭で無理に舌を引っ張ったり、意図的に傷つけたりしてよいという意味ではありません。年齢、舌小帯の厚さ、舌の動き、本人の協力度を確認しながら、安全に行う必要があります。

私の現在の基本的な考え方は、

まず舌の機能を評価して訓練する。それでも明確な機能障害が残る場合に形成術を検討する

という順序です。

しかし、手術は短時間で変化が見えるのに対し、訓練には時間がかかります。そのため、「まず手術をしないで治す」という考え方は、なかなか広まりません。


20.約50年間で行われてきた治療の違い

治療 主な目的 主な処置
産婆・産婦人科医の小切開 母乳促進 新生児の薄い舌小帯を小さく切開
口腔外科の形成術 舌運動、構音、摂食の改善 切離・伸展・形成・縫合
M式舌癒着症手術 呼吸・低酸素の改善、SIDS予防説 舌下面とオトガイ舌筋まで切離
M式口腔前庭拡大術 鼻孔を広げ呼吸を改善するという目的 上唇小帯と周囲組織を切離
I小児科医の後期の切開 哺乳障害と乳頭痛の改善 対象を選んだ舌小帯切開
歯科のレーザー・電気メス 哺乳・舌運動・発音など 熱を用いた切開、未縫合の場合あり
保存療法 舌の可動域と機能の改善 舌の牽引・機能訓練

おわりに

舌小帯短縮症は、約50年間、

「舌の裏を、ちょっと切ればいい」

と軽く考えられてきました。

しかし、その「ちょっと切る」の中には、新生児の薄い膜の小切開、口腔外科の形成術、オトガイ舌筋まで扱う舌癒着症手術、現在の小児科切開、歯科レーザーなど、まったく異なる治療が混在しています。

2001年には、N小児科医らの報告によって舌小帯切開は一度決着したように見えました。

ところが2014年、公開シンポジウムでは慎重論が示された一方、I小児科医は海外のRCTや観察研究を根拠に、哺乳障害を伴う症例への切開には有用性があると発表しました。

それでも、現在まで十分に分かっていないことがあります。

  • 切開後の創傷治癒
  • 再癒着と瘢痕
  • 舌筋のバランス
  • 術前・術後訓練の効果
  • 数年後の低位舌や嚥下
  • 手術をしない保存療法の可能性

本当に必要なのは、「切った直後に母乳を飲めたか」だけを調べることではありません。

どのような症例に治療が必要なのか。どこまで切ったのか。傷をどのように治したのか。術後にどのような訓練を行い、数年後も舌の機能が維持されたのか。

そこまで確認して初めて、舌小帯短縮症が本当に治ったといえるのではないでしょうか。

「ちょっと切ればいい」という言葉によって軽く扱われてきた舌小帯短縮症を、そろそろ舌全体の機能と長期的な経過から考え直す時期に来ています。

舌小帯短縮症は手術がゴールではありません。スタートでそこから舌を挙げるトレーニングが一生涯必要です。